「最初は資格だけ取るつもりでした」ボーナスあり、各種手当あり、休みも多い!条件の良さに気づき介護の道へ
初任者研修から踏み出した一歩
「みんなの介護転職ストーリー」、今回の主役はH.Mさんです。H.Mさんは、高校卒業後、お菓子工場に7年間勤務してからワーキングホリデーのビザを取得して海外でマッサージの仕事に携わりました。留学中に祖父を亡くした無念さがきっかけになり、帰国後、33歳のときに介護の勉強を始め初任者研修、実務者研修を取得。介護職としての仕事を始めました
2022年6月~7月 介護職員初任者研修/新大阪校
2022年8月~ 実務者研修
2022年12月 有料老人ホーム 就職
記事の監修者:藤井寿和(介護福祉士)
もし介護の知識があったら…
藤井:高校卒業後、お菓子工場に就職されたH.Mさんですが、25歳のときに留学されています。どんな理由があったのですか?
藤井:旅行ではなく、海外で生活してみたい、という思いだったのですね。準備も必要だったでしょう?
H.Mさん:仕事を辞めて、半年ほどアルバイトで資金を貯めて、まずはフィジーで10か月の語学留学をしました。その後ワーキングホリデーのビザを取得して、2年間オーストラリアでマッサージと接客業の仕事をしました。マッサージはもともとやりたかった仕事なんです。トータル3年間ぐらい海外にいて、29歳で帰国しました。
藤井:帰国後は海外で習得した技術を活かして、マッサージやエステの仕事をされたということですね。その後、介護の勉強を始められたのは、何かきっかけがあったのですか?
H.Mさん:実は留学中に母方の祖父が亡くなったのですが、その時の病院の対応が悪く、食事の介助をあまりしてもらえず、十分に食べさせてもらえないまま亡くなってしまいました。もし、私たち家族に介護や介護制度についての知識があったら、祖父を死なせずに済んだかもしれないとずっと悔やんでいました。その後、父方の祖父母も高齢になり、今後どうするか話し合いになったときに「じゃあ、私がやろう」と思ったのです。いますぐに介護が必要ではないけど、いずれ必要になるから介護の知識と技術を身に付けておきたいなと。エステサロンの仕事が歩合制で、安定しない収入に不安を感じていたこともあります。
藤井:初任者研修の資格を先に取るか、それとも先に就職するか、同時進行もできますが、南さんはどういうお考えでしたか?
H.Mさん:当初は資格だけ取って、いまの仕事を続けようと思っていました。ですから、学ぶことが優先で「どこの学校で学ぼうか」と調べて、2~3校の資料を取り寄せました。そのなかで家に一番近いのがカイゴジョブアカデミーでした。カイゴジョブアカデミーは立地の選択肢が多いのと、特待生制度があるのが強みですね。担当者の電話対応も紳士的でした。
藤井:特待生制度は最初から知っていましたか?
H.Mさん:いいえ、入学してから知りました。初任者研修を申し込むときも、「就職は考えていません」と言っていましたから。そのときに、初任者研修で特待生制度を利用しなくても、実務者研修で利用することもできると教えてもらい、いますぐに結論を出さなくてもいいという心の余裕がもてました。実際は初任者研修を終えて、すぐに実務者研修を取ったので、そこで特待生制度は利用しました。
月収より年収に注目。総合的に判断するとお給料は悪くない
藤井:受講中に印象に残ったことはありますか?
H.Mさん:私が入ったクラスはみんなやる気に満ちていて、モチベーションが高い人が多かったです。1クラス15人でしたが、いい人ばかりでクラスの雰囲気も良くて、わからないことも気軽に聞き合えて、学校へ通うのが楽しみでした。特に勉強になったと感じた授業は、移乗やボディメカニクスなどの技術です。
藤井:最初、就職は予定になかったとおっしゃっていましたが、最終的に就職されたのには何かきっかけや心境の変化があったのですか?
H.Mさん:初任者研修が終わる頃、クラスメートから「カイゴジョブアカデミーからこんな求人を紹介してもらった」という話を度々聞いて、「こんなにたくさん求人を紹介してもらえるんだ」とカイゴジョブアカデミーのメリットを実感しました。よく考えてみたら正社員になればボーナスや手当もあるし、確定申告もしなくていいし、就職してしまったほうが金銭面に楽かもしれないな、と。「介護は年収250万円以下」と勝手に思っていましたが、年収300万円以上ある施設の求人を見て考えが変わり、そこから就職を真剣に考えるようになりました。
藤井:就職先を選ぶとき、一番重視されたことは何ですか?
H.Mさん:第一条件は「給料」でした。カイゴジョブアカデミーの担当の方がいろいろなところを探してくれて、有料老人ホームに決めました。カイゴジョブアカデミーが間に入ってくれることで企業からオファーが来て、そのオファーがあった施設で面接ができたのは良かったです。
藤井:就職された施設は、給与面では満足をされていますか?
H.Mさん:前職より10万円ぐらい下がりましたけど、いまはまだ夜勤も入ってないので仕方がないと思っています。私は月収よりも年収に注目していたので、ボーナスがあって、各種手当も結構出るし、休みも多く、総合的に判断するとすごくいいお給料だと感じています。
藤井:実際に有料老人ホームで働き始めて、想像と違っていたことはありますか?
H.Mさん:うちの施設は洗濯やシーツ交換などは外部に委託していたので、想像していた慌ただしさはなく、ゆったりして時間的に余裕がありました。
藤井:介助業務が切り分けられているのですね。そのなかで南さんが現場で感じたことはありますか?
H.Mさん:入職後、緊張し過ぎて、学校で習ったことを忘れてしまったり、上手くできないことはありました。例えば、「移乗」もそれぞれの利用者さんによって身体の硬縮が違うし、身長や体重も違うので、いろいろな人がいろいろなやり方でやっていて、「自分が習ったのはあくまで1つのパターンだったのだ」とわかりました。
藤井:わからないことがあったとき、相談相手はいましたか?
H.Mさん:私の施設は前職も介護職だったスタッフが多く、何を聞いてもすぐに教えてくれましたし、何かやろうとしても「いいよ、いいよ、大丈夫。最初はできなくて当たり前。慣れだから」とやさしく見守ってくれました。
藤井:いま2か月経ってみて、困っていることはありますか?
H.Mさん:慣れてくると、「この時間は何をするべきか」が見えてきます。なのに、自分一人ではできないこともあって、もどかしいです。もっといろいろなことができるようになれば、充実感もあるし、もっと仕事が楽しくなるような気がします。介護は正解がないので、「できる」「できない」と明確な線引きがないので、目標が立てずらく不安になることはありますね。
「どんな人でも対応できる力」でその人に合ったサービスを
藤井:2か月働いてみて、前職と比較してどうですか?
H.Mさん:介護はマッサージの仕事と似たところがありますね。マッサージはその人の痛いところを理解して、その人に合ったサービスを提供していましたが、介護もその人に合ったサービスをします。「こういう性格だから、こういう言い方をしよう」「いつもここが痛いから支えてあげよう」「家族が大切な人だから、家族の話をふってあげよう」とか。マッサージよりも人との距離がさらに近いですね。みなさん、施設に住んでいるわけですから。
藤井:H.Mさんの包容力や強さを感じますね。職場ではどのように言われることが多いですか?
H.Mさん:よく言われるのは「手が温かい。カイロみたい」とか、(笑)「声のトーンが穏やかだね」とかも言われます。怒ったり、機嫌が悪いということもないので、利用者さんから「ものを頼みやすい」とも言われます。
藤井:それは利用者さんにしたら嬉しいことですね。今後は何か目標はありますか?
H.Mさん:慣れてきたらガイドヘルパーの資格を取りたいです。3年後には介護福祉士も取得できるので挑戦したいです。将来はマッサージの仕事をしていた強みを生かして、介護と訪問マッサージを組み合わせたものをやってみたいですね。そうすれば、介護されている人はもちろん、介護をしている人にもどちらにもリラックスしてもらえます。事業化も視野に入れているので、介護の法律の変化にもアンテナを張っていたいです。
インタビューを終えて
工場でいろいろな人と接して、対応力やコミュニケーション力を鍛えたH.Mさんが、「製造業の人は介護に向いているかもしれない」と言われた視点が新たな気付きでした。就職するつもりがなくて勉強を始めて、クラスメートからの生の声で介護職の求人実態を知り、就活でカイゴジョブアカデミーのメリットを実感されたのが自然な流れに感じました。「みんな、やらないだけ。絶対にできる」という言葉は力強かったです。
構成、執筆:谷口のりこ
「みんなの介護転職ストーリー」でご紹介している方々は、無資格・未経験から介護業界に挑戦したカイゴジョブアカデミーの卒業生です。皆さんが活用された「特待生キャンペーン」なら、自己負担なしで「介護職員初任者研修」の資格を取得でき、さらに介護職専門のキャリアアドバイザーによる就職先の紹介も受けられます。資格が1つあるだけで、給与や待遇がアップし、就職・転職時にも大変有利です。下記リンクからそれぞれ詳しく説明していますので、ぜひ参考にしてみてください。
>>自己負担なしで介護職員初任者研修を取得できる!「特待生キャンペーン」についてもっと見る
>>介護の最初の資格といえばコレ!「介護職員初任者研修」についてもっと見る
この記事の監修者
藤井寿和(ふじい ひさかず)
1978年 静岡県西伊豆生まれ。
18歳~24歳まで陸上自衛隊の救急隊員(衛生科)を経験し、
三宅島噴火に伴う災害派遣をきっかけに介護の仕事に転身。
医療法人で在宅医療に特化した介護を学び、介護施設の介護職員、生活相談員、管理者、事業部統括マネージャーに就任した後に、株式会社にて超都心型デイサービスの管理者を経験後、36歳で独立。
2015年に合同会社福祉クリエーションジャパンを設立。
介護福祉士現場コンサルタント、商品開発アドバイザー、講師業を経て、2017年、テレビ朝日の“スーパーJ チャンネル”にて自身への特集、密着取材が全国放映された経験から、介護業界の情報発信とスポットライトが当たる重要性に気づき、自主メディアの制作を志す。
介護専門誌のフリーペーパー発行人、編集長を歴任し、2021年9月にメディア事業へ注力する株式会社そーかいを設立し、代表取締役に就任、現在に至る。
・一般社団法人 日本アクティブコミュニティ協会 公認講師
・合同会社福祉クリエーションジャパン 代表
・株式会社そーかい 代表取締役
・ものがたりジャーナル 編集長
・NPO 16歳の仕事塾 社会人講師
・映画「ぬくもりの内側」プロモーションディレクター
H.Mさん:お菓子工場は、高校の先生に紹介されてそのまま就職しました。でも、持病があって入退院を繰り返していたこともあり「死ぬまでに1回は海外に住んでみたい」と思っていました。25歳という年齢は、「やりたいことをやるなら今だ」という区切りを意識した年齢でしたし、ワーキングホリデーのビザも30歳までと期限がありました。